大ナゴヤ大学

授業詳細


レポートUP

せとものってなんだ?!窯の味を体験!


開催日時:2017年10月08日(日) 13時20分 ~ 15時00分
教室:①窯跡の杜(かまあとのもり)/②瀬戸本業窯(せとほんぎょうかま)
先生: 河合 君近 / 瀬戸市埋蔵文化財センター調査員
水野 雄介 / 瀬戸本業窯・八代目水野半次郎 後継
カテゴリ:【歴史・文化/食】
定 員 :8人

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・参加費として2,000円を頂戴します(窯の味、瀬戸の水、瀬戸本業窯のイベント限定ピンズ付)
・歩きやすい服装と運動靴でお越しください。里山を歩きます。長袖、長ズボンがおすすめです。
・集合場所:窯垣の小径駐車場( 〒489-0833 愛知県瀬戸市仲洞町8)
食器の代名詞になってる「せともの」って
愛知県の瀬戸市からはじまったんだね!

窯業産業はピークの50年前に比べるとかなり…とっても…
廃れているイメージがあります。
しか~し、まちを歩いてみると、そこには素敵な宝モノがまだまだあるのです!

日本遺産に登録された「瀬戸焼」とは?
愛知県のお宝のひとつ「せともの」を見て、歩いて、感じる授業です!

教室は、名古屋栄町から名鉄瀬戸線で30分かからない尾張瀬戸駅から、あるいて15分程。

途中の瀬戸川や昭和的商店街を抜けると、静かに文化財を守っている洞町にたどりつきます。



窯道具を積んだ景色が残る「窯垣の小径まつり」で開催の「せともん探訪ツアー」で
大ナゴヤ大学枠をいただきました!

クイズをしながら瀬戸焼や当時の陶工や職人、窯焚き職人の暮らしぶりについて楽しく学びます。

案内してくださるのは、民藝陶器の窯元「瀬戸本業窯」八代目後継予定 水野雄介氏と
瀬戸埋蔵文化財センター調査員として遺跡調査をされている 河合君近氏

つくるプロと、調査のプロから「せともの」の歴史や土、釉薬の話まで教えてもらいます!

そして、登り窯が眠る「窯跡の杜」で、窯の味を体験!
当時の窯焚き職人(焼き手)が
火を見て温度を確認しながら、薪をくべながらの忙しい中で栄養を摂ったという瀬戸の郷土飯。

さてさて、想像をふくらませて、窯焚きになった気分で味わってみてくださいね!

【授業スケジュール】<午後の部>
13:10 受付開始
13:20 30秒自己紹介
   瀬戸ややきものについて知りたいこと!好きなこと!聞かせてください
13:30 授業スタート
    散策しながらクイズラリーと窯の味体験
    せともんの昔ばなし
せとおにぎりと瀬戸の水で休憩
集合写真
14:30 瀬戸本業窯資料館と登り窯
 昔ながらの製法である民藝陶器工房のすべてを見学
14:55 授業のシェアタイム 
アンケート記入
15:00 授業終了

授業コーディネーター:斎藤貴子

※当日は、「窯垣の小径まつり-路地裏コウボウめぐり-」を開催中!洞町でのフリマや音楽イベントもお楽しみくださいね。

河合 君近 / 瀬戸市埋蔵文化財センター調査員

名古屋市生まれ。昭和44年4月16日生。 平成5年3月 富山大学人文学部考古学コース卒業 同4月より財団法人瀬戸市埋蔵文化財センター(現、公益財団法人瀬戸市文化振興財団)勤務 窯跡を中心に瀬戸市及びその周辺地域の遺跡調査に携わる。

水野 雄介 / 瀬戸本業窯・八代目水野半次郎 後継

「本業焼きの歴史文化を守るために日々作陶している。」 歴史に新しいエッセンスを取り入れ、瀬戸本業窯や瀬戸焼を守る活動に尽力されています。
■瀬戸本業窯HP■ http://www.seto-hongyo.jp/

今回の教室:①窯跡の杜(かまあとのもり)/②瀬戸本業窯(せとほんぎょうかま)

住所:集合場所:窯垣の小径駐車場( 〒489-0833 愛知県瀬戸市 仲洞町8)

《アクセスのご案内》
尾張瀬戸駅下車徒歩15分
地図を見る

①窯跡の杜
「窯跡の杜」は、13~15世紀に「古瀬戸」を焼かれていた窯跡や江戸時代から昭和にかけて使われいた窯跡が地中に残されている一体の山を公開して公園です。
 













②瀬戸本業窯
瀬戸は千数百年に亘り、良土の恵みを受け陶磁器が焼かれてきました。
純白で強度耐火度に優れた陶土は今だ当地の右に出るものがないと言われます。
1800年より磁器(新製焼)の生産が始まり、産業の源が築かれ、
近世に於いては輸出玩具(ノベルティー)、ニューセラミックスなど新しい分野へと展開しています。
しかし、瀬戸本業窯は、すべての窯業基盤となった鎌倉以来の伝統を伝える、本業焼きを守り続けています。
http://www.seto-hongyo.jp/

2017年4月、文化庁が認定する日本遺産に「日本六古窯」が認定。その一つの瀬戸焼が今回の授業のテーマでした。



まずは授業コーディネーターの斎藤さんが窯垣の小径について説明。「窯垣」とは使われなくなった窯道具を組んで築かれた細い径のことです。この径は焼き物従事者が通る、尾張三河を結ぶ道だったそうです。

窯垣の小径資料館では、せとものに様々な種類があることを説明してもらいました。江戸時代に照明として使われた行灯に敷いた行灯皿、ぐるぐる模様をした馬の目皿、平らな石皿というような種類があり、さらに明治時代には陶器がタイル、便器など様々なものに変質したことが示されていました。



また、瀬戸焼での本業は「陶器」のことを指すそうです。現在瀬戸では磁器・セラミックが作られていますが、明確に区別されているそうです。

続いて窯跡の杜へ。
杜の中を入っていくと、焼き物のかけらが沢山落ちていました。

ここで瀬戸市埋蔵文化財センターの河合さん、瀬戸本業窯七代目の水野半次郎さん、八代目跡継の水野雄介さんが登場。

七代目半次郎さんは窯跡へ向かう道の途中に江戸中後期に使われた産業道路があることを教えて頂きました。歩いていて気づかないこの道が瀬戸焼きを運ぶとは…。その山頂には昔ケーブルが通っていて、三河から原料を運び、三河へ輸送する手段として活躍していたそうです。



河合さんは陶器を見せながら、どれが室町時代のものかをクイズ。一つは参加者の方が探し当てました!すごいです。




そして窯跡の一つを登り、その規模の大きさを実感しました。この窯は14部屋もあったそうです。当時の仕事のスタイルは分業制。そのおかげで大量生産が出来た訳なのですね。



その後窯を焼く専門職の人の仕事の大変さを感じるための薪入れ体験をしました。今回は薪の代わりに竹を小さい穴に通して所定の箱に入れます。これが結構難しい。午前にもツアーが行われていて、七代目半次郎さんから午前中の参加者の方は上手く出来た人が多かったと言われ、プレッシャーを受けながら、皆さん挑戦。皆さんお上手でした。



この後五目飯のおにぎりが振る舞われました。この五目飯は当時1日中窯を見張っていたため、休憩時間が余り無く、栄養が一気に取れるということでよく食べられていたそうです。



その後本業窯を八代目跡継の雄介さんが案内。本来登り窯は女性の背丈ほどしか無く、くぐって入るのが普通だそうですが、瀬戸のものは窯が大きいのが特徴。これは大量生産の要求があったことを大きく示します。

また窯にはキラキラしたものが…。これは窯へ投げ入れた松の灰が溶けてできたガラス質で、これが釉薬の基となり、他の六古窯では生み出せなかった、水が漏れない焼き物を生み出したそう。瀬戸焼ってすごいものだったんですね…。

その後釉薬の製造過程を説明して頂いた後、瀬戸本業窯についての説明を受けました。六代目半次郎さんが昭和初期の民芸運動家であった柳宗悦と出会い、その昔から変わらぬ製造過程を絶賛された、ということを聞いた跡継八代目雄介さん。これをきっかけに製造方法や、せとものを使ってもらうことが本分というポリシーの基、裏面にサインをつけないという方針をを変えずに守り継ごうという決心をしたそうです。永く続いてほしいものです。



大学で歴史学を専攻している私ですが、瀬戸にほぼ初上陸、瀬戸焼についての知識は皆無でした。クイズ形式で楽しめ、とにかく知らないことだらけの2時間でした。




レポート:インターンシップ生 進藤雄太朗
写真:大野嵩明

※写真をクリックすると拡大します。


 

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